事業譲渡とは、会社が営んでいる事業を、資産や契約ごと個別に売り渡すことです。会社そのものは売らず、中身だけを譲ります。

「引き継ぐものを1つずつ選べる」のが最大の特徴で、その代わり手続きは重くなります。

この記事では、必要な決議、従業員の扱い、消費税という3つの実務論点を中心に解説します。

この記事でわかること

・株主総会の特別決議が必要になる条件
・従業員を移すには一人ずつ同意が必要という事実
・消費税がかかる資産・かからない資産
・売った側が20年間しばられる競業避止義務
・株式譲渡・会社分割との使い分け

事業譲渡とは

事業譲渡(読み方:じぎょうじょうと)とは、会社の事業の全部または一部を、他の会社へ譲り渡す取引です。

事業譲渡の本質
売買の対象は「会社」ではなく資産・負債・契約・従業員・ノウハウの束
→ ひとつずつ個別に移す「特定承継」
→ したがって、移すものごとに相手方の同意が必要になる

ここが会社分割との決定的な違いです。会社分割は法律の力でまとめて移る(包括承継)のに対し、事業譲渡は個別の契約の積み重ねです。

また、対価を受け取るのは株主ではなく会社そのものです。オーナーが現金を手にしたい場合には向きません。

何が動いて、何が動かないか

対象 移すには何が必要か
不動産・設備 個別の売買契約と登記・名義変更
取引先との契約 相手方の同意(契約上の地位の移転)
従業員 本人一人ずつの同意
債務(借入など) 債権者の承諾
許認可 原則として引き継げない。取り直しが必要
会社の法人格 動かない(売り手にそのまま残る)

許認可の行が実務上いちばん厄介です。建設業・運送業・飲食業・介護事業などは、買い手側で新たに取得しなければ事業を始められません。

事業譲渡が選ばれる場面

場面 狙い
不採算部門の切り離し 本業に経営資源を集中させる
一部だけ買いたい 会社ごとは要らない。欲しい事業だけを取得する
簿外債務を避けたい 引き継ぐ範囲を契約で限定できる
資金を確保したい 会社に現金が入る(株主ではなく会社へ)
株主が分散している 全株主から買い集めなくても実行できる

手続きの流れ

① 基本合意 譲渡する事業の範囲を特定する。ここが最重要
② デューデリジェンス 対象事業の資産・契約・労務を調査する
③ 取締役会決議 事業譲渡契約の締結を決議する
④ 事業譲渡契約の締結 譲渡する資産の一覧を別紙で確定させる
⑤ 株主総会の特別決議 必要な場合のみ(次章で解説)
⑥ 反対株主の買取請求への対応 通知・公告を行う
⑦ 個別の移転手続き 従業員の同意、契約の名義変更、登記など
⑧ クロージング 対価の支払いと引き渡し

⑦がもっとも時間を食います。取引先が100社あれば、100件の同意を取りに行くことになります。

特別決議が必要なケース・不要なケース

会社法では、一定の規模を超える事業譲渡に株主総会の特別決議を求めています。

ケース 株主総会
事業の全部を譲渡する 特別決議が必要
事業の重要な一部を譲渡する 特別決議が必要
譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1以下 不要(簡易事業譲渡)
相手が議決権の90%以上を持つ特別支配会社 不要(略式事業譲渡)

※ 根拠は会社法第467条・第468条です。5分の1という基準は定款でさらに厳しくすることができます。

特別決議は、議決権の過半数を持つ株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成が必要です。3分の1超を握る株主がいれば否決できることになります。

詳しくは特別決議とはで解説しています。

従業員はどうなるのか

雇用契約は自動では移りません

事業譲渡では、従業員の雇用契約は当然には承継されません。
移すには従業員一人ひとりの同意が必要です。

つまり、従業員には「新しい会社へ移らない」という選択肢があるということです。

ここが買い手にとって最大のリスクになります。キーパーソンが移籍を拒否すれば、事業そのものが機能しなくなることもあるためです。

実務では、譲渡の前に主要な従業員へ説明を行い、処遇条件を提示して同意を得ておきます。労働条件を切り下げると同意が得られにくくなるため、待遇維持が前提になることが多くなります。

事業譲渡にかかる税金

事業譲渡の税務でもっとも重要なのは消費税です。株式譲渡とはっきり分かれるポイントになります。

譲渡する資産 消費税
建物・機械・車両・在庫 課税
のれん(営業権) 課税
特許権・商標権 課税
土地 非課税
有価証券・売掛金などの債権 非課税

買い手は譲渡代金とは別に、課税対象部分にかかる消費税を用意する必要があります。数億円規模の取引では、この資金負担は無視できません。

売り手側の税金は、譲渡益が会社の利益として法人税等の対象になります。株式譲渡のように個人の20.315%で完結する話ではありません。

※ 税制は改正されます。実行前に必ず税理士等の専門家と国税庁の最新情報をご確認ください。

のれんの扱い

譲渡価格が資産の時価の合計を上回る部分がのれんです。ブランド力や顧客基盤といった、目に見えない価値にあたります。

事業譲渡ならではの利点
税務上、事業譲渡で生じたのれん(資産調整勘定)は5年間で均等に損金算入できます。
株式譲渡では、買い手側にこの効果はありません。

買い手が事業譲渡を選ぶ理由のひとつがこれです。支払った金額の一部が、5年かけて税金の軽減につながります。

一方、会計上ののれんは償却期間の設定や減損の可能性があり、買収額が高すぎると将来の減損損失につながります。

売り手が20年しばられる競業避止義務

会社法第21条

事業を譲渡した会社は、特約がない限り
同一の市町村および隣接する市町村の区域内で、20年間、同一の事業を行ってはならない
※ 特約により最長30年まで延長できます

これは法律上、自動的にかかる義務です。契約書に書かなくても適用されます。

売り手からすると、同じ事業をやり直そうとしても、20年間は同じ地域でできないということです。事業譲渡を検討する際は、この点を必ず確認してください。

株式譲渡・会社分割との使い分け

項目 事業譲渡 株式譲渡 会社分割
承継の方法 個別(特定承継) 株主が替わるだけ まとめて(包括承継)
従業員の同意 必要 不要 原則不要(労働契約承継法の手続きあり)
対価の受取人 会社 株主 会社または株主
消費税 かかる かからない かからない
簿外債務 切り離せる 引き継ぐ 範囲による
債権者保護手続 不要 不要 必要

会社分割は事業譲渡と似ていますが、包括承継なので個別同意が不要な代わりに、債権者保護手続きという重い手続きが加わります。

上場企業の事業譲渡と株価

上場企業が事業譲渡を発表したとき、株価はケースによって逆方向に動きます。

上がりやすい

・赤字部門を切り離した
・譲渡益で特別利益が出る
・得た資金の使い道を明示している
・本業への集中が明確になった

下がりやすい

・主力事業を手放した
・譲渡損で特別損失が出る
・資金繰りのための売却と見られた
・売却額が想定より小さい

見るべきは「一時的な譲渡益」ではなく「来期以降の利益がどう変わるか」です。特別利益は1回きりですが、失った事業の利益は毎年減り続けます。

※ 本記事は制度の解説であり、特定の銘柄や売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

事業譲渡に関するよくある質問

事業譲渡に株主総会は必ず必要ですか?
必ずではありません。事業の全部または重要な一部を譲渡する場合は特別決議が必要ですが、譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1以下であれば簡易事業譲渡として不要になります。また相手が議決権の90%以上を持つ特別支配会社であれば略式事業譲渡として省略できます。
従業員は自動的に新しい会社へ移りますか?
移りません。事業譲渡では雇用契約は当然には承継されず、従業員一人ひとりの同意が必要です。従業員には移籍を拒否する権利があるため、キーパーソンの同意を事前に取り付けておくことが実務上の前提になります。
事業譲渡に消費税はかかりますか?
かかります。建物、機械、在庫、のれん、特許権などは課税対象です。ただし土地や有価証券、売掛金などの債権は非課税です。買い手は譲渡代金とは別に消費税分の資金を用意する必要があります。
許認可は引き継げますか?
原則として引き継げません。買い手側で新たに取得する必要があります。建設業や運送業、飲食業、介護事業など許認可が事業の前提となる業種では、取得が完了するまで事業を継続できないため、株式譲渡が選ばれることが多くなります。
事業を売った後、同じ事業をまた始められますか?
制限があります。会社法第21条により、特約がない限り、同一の市町村および隣接する市町村の区域内で20年間は同一の事業を行えません。特約により最長30年まで延長することも可能です。契約書に書かなくても法律上自動的に適用される点に注意してください。
事業譲渡と会社分割はどちらを選ぶべきですか?
移す対象の数で判断するのが実務的です。取引先や従業員が多く個別同意が現実的でないなら会社分割、引き継ぐものを厳選したいなら事業譲渡が向きます。ただし会社分割には債権者保護手続きが必要で、公告や催告に一定の期間がかかります。
売り手にとって株式譲渡と事業譲渡はどちらが有利ですか?
オーナーが現金を手にしたいなら株式譲渡です。事業譲渡では対価が会社に入るため、オーナー個人が受け取るには配当や役員退職金などの形をとる必要があり、その段階でさらに課税されます。一方、会社を残したい場合や一部だけ売りたい場合は事業譲渡になります。
買い手にとってのれんの5年償却はどれくらい効きますか?
のれんの金額次第です。税務上の資産調整勘定は5年間で均等に損金算入できるため、たとえばのれんが5億円なら年間1億円が損金になります。株式譲渡ではこの効果が得られないため、買い手が事業譲渡を選好する理由のひとつになっています。

まとめ

事業譲渡は「引き継ぐものを1つずつ選べる代わりに、1つずつ同意を取る」手法です。安全性と手間がトレードオフになっています。

この記事のまとめ

・事業を個別に売り渡す取引。会社の法人格は売り手に残る
・対価を受け取るのは株主ではなく会社
・全部または重要な一部の譲渡には株主総会の特別決議が必要
・帳簿価額が総資産の5分の1以下なら簡易事業譲渡で省略できる
・従業員の雇用契約は一人ずつ同意を取らないと移らない
・許認可は原則として引き継げない
・のれん・建物・在庫には消費税がかかる(土地・債権は非課税)
・売り手には20年の競業避止義務が自動的にかかる

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