自己株式の処分とは、会社が保有している自社株(金庫株)を第三者や市場に渡すことです。新株は発行しませんが、流通する株は増えます。

ここが最重要です。発行済株式総数は増えないのに、EPSは下がります。自己株式は会計上「存在しない株」として扱われているため、処分によって計算に戻ってくるからです。

つまり自己株式の処分は、実質的に増資と同じ影響を持ちます。会社法でも新株発行と同じ手続きが定められています。この記事では、その仕組みと開示の読み方を解説します。

この記事でわかること

・自己株式の「処分」と「消却」の違い(正反対の行為)
・発行済株式総数が増えないのにEPSが下がる理由
・実質的に増資と同じ扱いになる法律上の位置づけ
・処分の3つの方法と、それぞれの株価への影響
・東証の25%ルールが適用される場面
・開示のどこを見て影響の大きさを測るか

自己株式の処分とは?まず結論から

自己株式の処分(読み方:じこかぶしきのしょぶん)

自社株買いで取得して会社の中に保有している株式を金庫株といいます。この金庫株を社外に出すのが処分です。

渡す相手はさまざまです。提携先企業への第三者割当、市場での売出し、ストックオプションを行使した役職員、M&Aの相手先の株主などです。

消却
金庫株を消滅させる
発行済株式総数が減る
需給を締める
処分
金庫株を社外に出す
流通する株が増える
需給を緩める

同じ金庫株を扱いながら、株主への影響は正反対になる

消却と処分は、金庫株の2つの出口です。どちらを選ぶかで、株主にとっての意味が逆になります。

発行済株式総数は増えないのにEPSが下がる

ここが自己株式の処分で最も重要な点です。数字で確認します。

項目 処分前 100万株を処分後
発行済株式総数 1,000万株 1,000万株(変わらず)
うち自己株式 100万株 0株
EPSの分母(自己株式を除く) 900万株 1,000万株
当期純利益 9億円 9億円(変わらず)
EPS 100円 90円(−10%)

発行済株式総数は1株も増えていません。それでもEPSは10%下がります。自己株式はEPSの計算から除外されているため、処分によって分母に戻ってくるからです。

EPSの分母の考え方

EPSの分母 = 発行済株式総数 − 自己株式数
自己株式が減れば、発行済株式総数が変わらなくても分母は増えます。

これが「自己株式の処分は実質的に増資と同じ」と言われる理由です。希薄化は、発行済株式総数だけを見ていては測れません。

逆から見れば、自社株買いでEPSが上がったのは自己株式が分母から外れたためです。処分はその効果を打ち消す行為にあたります。

法律上も新株発行と同じ扱い

会社法では、自己株式の処分は募集株式の発行等として、新株発行と同じ規定が適用されます。手続きも同じです。

処分の方法 相手 需給への影響
第三者割当による処分 提携先・取引先・ファンドなど 割当先次第
公募・売出しによる処分 不特定多数の投資家 大きい
株式報酬・SOへの充当 役員・従業員 小さい(分散して出る)
M&Aの対価 買収先の株主 相手が売るかどうかで変わる

手続きは公開会社であれば原則として取締役会の決議で行えます。ただし時価より特に低い価格で処分する場合は有利発行にあたり、株主総会の特別決議が必要になります。

この点も新株発行と同じです。第三者割当増資の記事で解説している有利発行の判定が、そのまま自己株式の処分にも当てはまります。

開示のタイトルで見分ける

自己株式の処分は、開示のタイトルに現れます。ここを覚えておくと見落としません。

処分を示す開示タイトルの例

・第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ
・自己株式の処分及び資本業務提携に関するお知らせ
・譲渡制限付株式報酬としての自己株式の処分に関するお知らせ
・自己株式の処分(従業員持株会向け)に関するお知らせ

紛らわしいのは、「新株式発行及び自己株式の処分」という形で両方が同時に行われるケースです。この場合、新株の分と金庫株の分を合計した希薄化が発生します。

開示で見るべき項目は5つです。

見る項目 判断のポイント
処分する株式の総数 発行済株式総数に対する割合。10%超なら大型
処分価額とディスカウント率 有利発行にあたる水準かどうか
割当予定先 提携先か、ファンドか、役職員か
処分の目的・資金使途 成長投資か、運転資金・借入返済か
継続保有の確約 記載がなければ、いつでも売却できる

3番目の割当予定先は、株価の反応を最も左右します。事業上の提携を伴う相手なら好感され、売却前提のファンドなら売られます。判断の枠組みは第三者割当増資とまったく同じです。

自社株買いから先の分岐を追う

自社株買いを発表した企業がその後どう動くかで、還元の実態が確定します。分岐は3つです。

1

自己株式の取得
この時点でEPSとROEは改善する

市場買付などで買い戻します。取得した株は金庫株になります。

2A

消却する
還元として完結する

発行済株式総数が減り、その株は戻ってきません。改善が確定します。

2B

金庫株のまま保有する
判断は保留

指標は改善したままですが、将来処分される可能性が残ります。

2C

処分する
改善が巻き戻る

取得で上がったEPSが元に戻ります。還元としての実態はほぼ消えます。

投資家として押さえるべきは、2Aと2Cで結果が正反対になるという点です。自社株買いの発表だけでは、どちらに進むか分かりません。

手がかりは開示の記載と過去の実績です。「取得した自己株式はすべて消却する予定」と明記されていれば2A、記載がなければ2Bか2Cの可能性が残ります。

東証の25%ルールも適用される

希薄化が大きい場合の規制も、新株発行と同様に適用されます。

希薄化率 求められること
25%以上 株主総会の決議による承認、または経営陣から独立した者による必要性・相当性についての意見の入手
支配株主が異動する場合 同様の手続きが求められる

※ 東京証券取引所 有価証券上場規程に基づく取扱い。2026年8月時点。

形式的に「新株を発行していない」からといって、規制の対象外になるわけではありません。実質的な希薄化が起きるものとして扱われます。

開示にも「発行済株式総数に対する割合」ではなく、実質的な希薄化率が記載されます。数字の根拠がどう計算されているかを確認してください。

株価への影響と、割当先の見方

株価の反応は、処分の方法と相手によって変わります。

下がりやすいケース

・公募・売出しによる処分で、規模が大きい
・割当先が投資ファンドや証券会社で、売却を前提としている
・処分の理由が運転資金や借入金の返済
実質的な増資として素直に売られます。

上がることもあるケース

・大手企業との資本業務提携に伴う処分
・M&Aの対価として使われ、買収そのものが評価される
・規模が小さく、希薄化率が数%以内
処分の中身より、提携や買収の内容が評価されます。

判断の軸は第三者割当増資と同じです。割当先が誰か、資金使途は何か、希薄化率はいくらかの3点で読めます。

もう1つ確認したいのが継続保有の確約があるかどうかです。割当先が一定期間売却しないと約束していれば、その間は売り物が出ません。ロックアップと同じ考え方です。

株式報酬としての処分が増えている

近年目にすることが増えたのが譲渡制限付株式報酬を目的とした処分です。役員報酬を現金ではなく株式で支払う仕組みで、その原資に金庫株が使われます。

比較項目 譲渡制限付株式報酬 ストックオプション
渡すもの 株式そのもの 株式を買える権利
株価が下がった場合 価値は下がるが残る 行使されず価値はゼロ
希薄化の発生 交付時に確定 行使されたときのみ
原資 自己株式の処分が多い 新株発行または自己株式

3行目が投資家にとっての違いです。譲渡制限付株式報酬は、株価がどうであれ交付されるため希薄化が確実に発生します。ストックオプションは株価が上がらなければ行使されません。

ただし規模は通常小さく、発行済株式総数の1%未満にとどまることが多くあります。希薄化率が小さければ、株価への影響は限定的です。開示の割合を確認して、数%を超えていなければ過度に警戒する必要はありません。

背景にはコーポレートガバナンス改革があります。役員報酬を株価と連動させることで、経営陣と株主の利害を一致させるという考え方です。希薄化と引き換えに、経営の規律を得ているという位置づけになります。

なぜ新株発行ではなく処分を選ぶのか

会社にとっては、新株を発行する方法と金庫株を処分する方法のどちらも選べます。処分を選ぶ理由があります。

比較項目 自己株式の処分 新株発行
発行済株式総数 増えない 増える
発行可能株式総数の枠 消費しない 消費する
登記の変更 不要 必要
実質的な希薄化 起きる 起きる

会社側の利点は手続きが軽いことです。発行済株式総数が変わらないため登記の変更が不要で、授権枠も消費しません。すでに手元にある株を使うだけなので機動的に動けます。

だからこそ投資家は注意が必要です。「新株は発行していません」という説明は、影響がないという意味ではありません。実質的な希薄化は同じように起きます。

処分のデメリットと注意点

① 自社株買いの効果が打ち消される

取得によって上がったEPSとROEが、処分で元に戻ります。自社株買いを発表していた企業が後に処分すると、還元の実態は乏しくなります。

② 発行済株式総数だけ見ていると気づけない

数字の上では株数が増えないため、希薄化を見落としやすいです。有価証券報告書の自己株式数の推移を確認してください。

③ 割当先の属性で意味が大きく変わる

提携先への割当と、ファンドへの割当ではまったく違います。開示の「割当予定先を選定した理由」を読んでください。

④ 有利発行にあたる価格で処分される可能性

時価より大幅に安い価格で特定の相手に処分されれば、既存株主から価値が移転します。ディスカウント率を確認してください。

⑤ 金庫株が多い企業は常にこのリスクがある

自己株式を発行済の10%超も抱えている企業は、いつでも処分できる状態にあります。消却されるまで、この可能性は残ります。

自己株式の処分に関するよくある質問

自己株式の処分と消却はどう違いますか?
正反対です。処分は金庫株を社外に出すため流通する株が増え、消却は金庫株を消滅させるため発行済株式総数が減ります。処分は需給を緩め、消却は締めます。
発行済株式総数が増えないなら希薄化しないのですか?
希薄化します。自己株式はEPSの計算から除外されているため、処分によって分母に戻ってきます。発行済株式総数は変わらなくてもEPSは下がるため、実質的には増資と同じ影響です。
法律上はどう扱われますか?
会社法では「募集株式の発行等」として新株発行と同じ規定が適用されます。手続きも原則として取締役会の決議で行え、時価より特に低い価格での処分は有利発行として株主総会の特別決議が必要になります。
東証の25%ルールは適用されますか?
適用されます。希薄化率が25%以上になる場合は、株主総会の決議による承認か、経営陣から独立した者による必要性・相当性の意見の入手が求められます。新株を発行していないという形式だけでは規制を免れません。
処分の発表は売り材料ですか?
規模と相手によります。公募・売出しによる大型の処分や、ファンドへの割当は売られやすくなります。一方、大手企業との資本業務提携やM&Aの対価として使われる場合は、提携や買収の内容が評価されて上がることもあります。
なぜ新株発行ではなく処分を選ぶのですか?
手続きが軽いためです。発行済株式総数が変わらないので登記の変更が不要で、定款の発行可能株式総数の枠も消費しません。すでに保有している株を使うだけなので機動的に実行できます。
自己株式の保有状況はどこで確認できますか?
有価証券報告書の「株式の総数等」や、決算短信に自己株式数が記載されています。発行済株式総数に対して自己株式が何%あるかを見れば、将来処分される可能性のある量が分かります。
自社株買いをした企業が処分することはありますか?
あります。取得した金庫株をストックオプションの原資やM&Aの対価に充てるケースです。この場合、自社株買いによるEPSの改善は打ち消されるため、還元としての実態は乏しくなります。消却まで明記されているかが判断の分かれ目です。

まとめ

自己株式の処分は、金庫株を社外に出す行為です。発行済株式総数は増えませんが、EPSは下がります。実質的に増資と同じだと理解してください。

この記事のまとめ

・処分は金庫株を社外に出す行為で、消却とは正反対
・自己株式はEPSの分母から除外されているため、処分でEPSが下がる
・会社法上は新株発行と同じ「募集株式の発行等」として扱われる
・東証の25%ルールも適用される
・割当先・資金使途・希薄化率の3点で判断する
・金庫株を多く抱える企業は常に処分の可能性がある

あわせて読みたい:自己株式の消却とは自社株買いとは希薄化とは第三者割当増資とは売出しとはEPSとはストックオプションとは

スポンサーリンク
おすすめの記事